島の楽しい人々「島に暮らす面白くって楽しい人達紹介します。」
伯方島 阿部高嗣さん 写真集「しまなみライフ」の著者
文・才谷 松太郎
私は毎日書店に行く。
インターネットはすごく便利であらゆる情報を得ることができる。しかし、書籍などの紙媒体はパソコンの画面では得ることのできない魅力がある。電子書籍が登場した時は、本がなくなるのではと思ったし、実際マスコミもそんな報道をした。出版社も少しはあせった。ところがよく考えてみると電子書籍というのは、インターネットとなんら変わることのないものだった。電子書籍の端末が1枚のタブレットになっているだけのことで、別に今までのパソコンで見てもいいわけだ。電子書籍とは、インターネットの1つのコンテンツのようなものだ。
仕事がら1日中ほとんどインターネットにかかわっている私が毎日書店に行くのは、本というモノに魅力を感じるのと、それから力をもらうためだろうと思う。
そんなある日たまたま見つけたのがこの「しまなみライフ」という小さな写真集だ。
表紙には、海をバックにあふれるほどの笑い顔で遊んでいる子供たちの写真が載っていた。タイトルが「しまなみライフ」。おもわず手にとってめくってみた。すべて子供の写真だった。めくっているうちになぜか涙があふれてきた。理由はよくわからなかった。懐かしいからなのか?失ったものに気づいたからか?自分が今までしてきたことに意味があったのだろうか?そんなことを感じたから泣いてしまったのかもしれない。もちろん作者はそんな意図があるとは思えないが、見る側の心情に訴える力があった。
これがもし、インターネットの画像だった場合同じように涙が出ただろうか?写真は2次元のものだけれども、写真集は3次元に存在しているモノである。そのことが力となっていることは間違いない。インターネット画面上の画像は、見る側がどんどん次の画面へと先走り、一枚一枚の写真をじっくり見ることをしない。しないというよりも出来なくなっている。そのこともあり、あきらかにネット上の写真は弱くなる。
私にとってこの写真集は、手元に置いてなにかあるごとに開いて、自分の生きる道が間違っていないかを正すものとなるだろう。
阿部高嗣さんはプロの写真家だと思っていた。
いろんな写真を撮影する中で自分の子供をテーマにした写真集を作ったのだと思っていた。しかし表紙裏のプロフィールを見ると本職は貨物船の船長だと書いてあり、伯方島に住んでいるようなのだ。プロではない人がどうしてこれだけの写真が撮れるのか?伯方島に在住なら会って確かめたい。だが、なんのつてもなく、出版社に問いあわせるほどのことでもないなって思ってそのままになっていた。
ところがその数日後、伯方島のカフェ「玉屋」の國貞さんの知り合いだということがわかって会えることになった。
会いたいと思うと会えるようになる…。人間の縁は不思議なものだ。
会っての第一印象は想像していたのとはとまったく違う人だった。髭でも生やした芸術家タイプの一風変わった人を想像していたのだが、ほっそりとしたイケメンで、控えめで人のよさそうなお兄さんだった。
プロフィールの中に鈴鹿でオートバイレースの世界にいたとあり、かなりのめりこんでいたことがあったようだ。見かけはこんなけれどもがおそらくなにかに夢中になってしまうタイプなのだろう。ところが、結婚を期にあっさりとバイクはやめてしまったという。今でも少しはバイクには乗っているのだろうと思って聞いてみると、全く乗っていないという。なにかがあったのかもしれないが、そんな風な感じはまったくない。ただ飄々として未練はなさそうだ。
写真は、子供が生まれてしばらくしたころから撮り始めたという。それまでは全く写真を撮ったことがなかったらしく、子供を撮りたくて最初は小さなコンパクトカメラで撮影しいていた。一眼レフを買ってから本格的に写真を撮り始めた。それが2008年ころというから、わずか3年ほど。それまでになんと12万枚も撮ったという。1年間のうち3分の2ほどは、船に乗っているので、その撮影枚数には驚かされる。
話を聞くうちに思ったことは、写真が好きだから撮っているのではないということ。通常のアマチュアカメラマンはカメラがあって被写体を探す。もちろん彼らも最初は風景に感動しそれを残したいと思って写真を撮るようになったのだろうが、いつからか、それが逆転してまい。カメラあるから何か撮らねばとなってしまった。面白い出来事があったからブログを書く。だったのにブログを書かないといけないから面白いことを探す。ような感じ。
阿部さんはそうではない。子供を撮りたいからカメラが必要。アマチュアカメラマンの多くが、たくさんのレンズや機材を揃えて美しい風景や人物を狙って撮影しているのに対して、彼の場合ほどんどの写真が標準ズームだけで自然体で撮っている。狙って撮れる写真ではないことが、この写真集を見ればわかる。子供と島の画像を残したいからカメラが必要だ。という考え方なのだ。だから、だからこそこんなにも感動的な写真が撮れるのだろう。
どうしてそこまで子供の写真を撮りたい?
これは彼の仕事にかかわってくる。3ヶ月船に乗って、1ヶ月お休みという生活の中で、子供や家族との時間がいかに大切かということ。帰っている時はほとんど子供と一緒に過ごしたい。で写真を撮る。
毎日家族、子供と一緒にいる私達からは考えられないことだ。もちろん私だって、子供が小さいころは写真を撮っていた。子供がいることが今までと違う変化であり、日々の子供の成長が楽しかった。しかし、子供がもう幼稚園に通うころになると一緒に遊んで写真を撮るなんてことはなくなった。せいぜい写しても旅行に行った時ぐらい。子供がいて家族がいることは当たり前で毎日の暮らし中のことになってしまった。日常の出来事は写真に残さない。しかし彼は、3ヶ月間子供や家族に会えない。その会えない日々が日常であり、船を降りて家にいることが非日常となる。だから、写真を撮る。
子供もお父さんが帰っているときはお父さんとめいっぱい遊ぶ。おもいきり楽しいのだろう。
いつしか写真を撮られていることさえ忘れてしまっている。今の時代にこんな表情をした子供は見たことがない。
伯方島に生まれ、島で遊び、島で暮らす。子供達がいつか大人になり、島を出ていくことになるかもしれない。いろんなつらい出来事に出会い自分を見失うこともあるだろう。そんな時、写真集を見返せば、すべてのことから救われるに違いない。私達にも感動を与えたこの写真集は、子供達への愛で満ち溢れていたのだ。
プロフィール
しまなみライフのサイト
http://shimanamilife.com/
阿部 高嗣(あべ こうじ)
1970年、愛媛県今治市伯方島で生まれ育つ。幼いころから乗物に乗ることが大好きだった。中学、高校、剣道部。18歳、オートバイレースに夢中になる。28歳、貨物船に夢中になる。38歳、子どもと遊ぶこと、写真を撮ることに夢中になる。
主な写真コンテスト受賞歴
2009年
エプソンフォトグランプリヒューマン部門入選
よみうり写真大賞ファミリー部門大賞
よみうり写真大賞テーマ部門入選
2010年
明治安田生命マイハピネス銀賞
キヤノンフォトコンテスト自由部門推薦
よみうり写真大賞ファミリー部門優秀賞2作品
2011年
環境フォトコンテスト優秀賞2作品
写真文化協会全国展入選