Text|増田薫
Photography|宮畑周平(瀬戸内編集デザイン研究所)
畑から見下ろす海。朝焼け、夕焼け、その時々の美しさがある。「飽きることはない」と川田さん。
いちばん最初にぶどうを植えた畑からは、大三島を包み込むように広がる瀬戸内海が見える。「この畑が一番景色がいいんですよ」と教えてくれた川田佑輔さん。『大三島みんなのワイナリー』の運営を任されている。現在農地は8反、苗木は約1,500本。2018年1月には待望の初ワインが出荷され、カフェ&ワインバル『大三島みんなの家』にも登場、みんなの家で楽しむことができるようになった。また、ワイナリーでは苗木オーナー制度を実施。登録すれば4年間、大三島ワインが届けられるそうだ。
もともとサイクリングが趣味だったと言う川田さん。しまなみに漠然とした憧れはあった。フィールドワークをする中で「これは来るしかないな」と移住を決めた。
ソムリエとして飲食業界に携わっていた川田さん。どうせならやはり自分のワイナリーを持ちたいと大学に再入学した。そして卒業後に携わるワイナリーをどこにするか考えていたころ、伊東豊雄さんもまた『日本一美しい島・大三島をつくろうプロジェクト』に本格的に取り組みはじめていた。
ワインで結ばれた縁。「伊東先生もワインが好きだったんですよ」と笑う川田さん。伊東さんが総代表を務める『大三島でワインを造る会』に参加、大三島でのフィールドワークを開始し2015年大三島に移住した。
もぎとらせていただいたブルーム(表面の白い粉)も美しいぶどう。ひと粒口に含むと、濃い甘みと香りが弾けた。「干しておくとパンの天然酵母種として使えますよ。」なんて豊かな循環。
長い日照時間と少ない雨。地中海に似ているとされる瀬戸内の気候は、もともとぶどう栽培に適しているといえる。さらに大三島には、水はけがよく地温が上がりやすい真砂土が分布、その地熱は果実が熟すのをうながし、濃厚なテイストと香りを育んでくれる。
そして、なんといっても大三島みんなのワイナリー設立当時、瀬戸内の島しょ部にはまだワイナリーがなかった。新しい挑戦にはぴったりの場所だったのだ。
大三島で農業をはじめて2年。はさみを持つ手もよく日に焼けていた。
昭和20年代後半には2万人を越えていた大三島も過疎高齢化が進み、その人口は現在約5,700人(2018年2月末現在)まで減少。担い手を失った農地は急速に耕作放棄地へと変貌した。川田さんは地元住民とともに10名ほどでその耕作放棄地を再生、ぶどうの苗を植樹した。しかし1年目に実ったぶどうは収穫間近イノシシの被害に。収量は予想の約10分の1にとどまりワインの醸造は断念することになった。
農業の経験はなかった川田さん、「これだけ大変だと知っていたらやらなかったかも」と笑う。獣害だけではない。天候や害虫、苗の育ち具合…。手探りの日々は今もこれからも続く。
日当たりや水はけなどの生育条件は、同じ土地の中でも場所によってかなり異なっている。その土地のことをいかに知っているかが、ぶどうを育てる上でも大切なポイント。
「このあたりの畑の境界線は石なんです。もし知らずに耕していたらきっと思わぬトラブルに発展してしまっていたかもしれません」、畑を歩きながら川田さんが不意に教えてくれた。他にも、伐採しない方がよい防風林、土地によって異なる水はけの良さ、あるいは悪さ…。農園を運営する上で、農業やぶどうのことだけではなく、大三島の土地のことを知らなければ上手く進められないことはたくさんあった。
そのひとつひとつを川田さんに教えてくれたのが大三島の人たちだ。本格的なぶどうの栽培は行われたことのない大三島。見慣れない苗に興味津々の人も決して少なくなかった。「『あんた誰なん、何植えとるん?』から始まって色々なことを教えてくれました。イノシシの防御柵も、『もっとしっかりせんと破られるよ』とアドバイスしてくれたり。ワイナリーで行う植樹祭や収穫祭などのイベントでも、『わしが駐車場の案内するわ』、『じゃあ私は会場の案内をするけん』と積極的に手をあげてくれるんです」、大三島の人たちとのエピソードを思い出しながら川田さんは微笑む。
そんな大三島みんなのワイナリーの運営に、伊東さんは細かな指示は出さずあくまで見守るスタンス。「困ったことがあれば地元の人に教えてもらいなさいとアドバイスをくれる。伊東先生は大きな人」、川田さんは語った。
収穫後のいまは、秋以降に実った2番果をすべて落としたり、弱った葉を切ったりする作業を。「一年の山場は過ぎて、少し落ち着きましたね。」ちなみに2番果は糖度が上がらずワインには使えないそうだ。
現在、島内にワイナリーの畑は5か所。川田さんは点在するそれらの畑を車で毎日巡り、苗木の様子を1本ずつ見ては、枝を仕立て、枯れた葉を取り、草を刈る。「2017年はスズメバチが多くて大変だったんですよ」と手づくりのトラップを見せてくれた。
肥料を撒くのは大潮、満月の時。植物の根が、水や栄養を吸い上げる力が一番強くなる時だと言う。月の暦と、ともに暮らす。
移住当初はソムリエらしく長めの前髪をきっちり後ろにまとめていた川田さん。夏に一度、暑いからと刈り込んでからずっと短いまま。すっかり日焼けもして、大三島に移り住んでからかなり印象が変わった。ソムリエだった日々と毎日畑に出てぶどうを育てる今。ずいぶん仕事が変わったのではとたずねると、「いえ、人を相手にしているのか畑を相手にしているのかの違いだけで、ワインの仕事をしていると言う意味では変わりません」と微笑んだ。
ずっとワインに真っ直ぐに、取り組んでいる。
2019年にはいよいよ大三島に醸造所が完成する予定。大三島で育まれたぶどうが、大三島でワインへ醸造されるようになる。初年度は約200本、次年度は約1,000本の出荷が予定されている。
ワインの魅力は、ワインが生まれた土地ならでは、そして生まれた年ならではの味わいがあること。たとえば2018年初出荷された大三島のワインはしっかり濃厚。ミネラル感、塩みが含まれるという。「イノシシや鯛など、大三島の食材とも合わせて楽しんでほしい」と川田さんは語る。醤油にも合うそうだ。
大三島を訪れた人たちに、そんな島のワインと食材を楽しんでもらうため、2020年にはレストランと宿泊施設を兼ね備えたオーべルジュもオープンする。一方で川田さんは外からやってくる人たちだけでなく、地元の人にも普段気軽にワインを飲んでもらいたいと考えている。デイリーに楽しめるよう価格を抑えたものもラインナップする予定だ。
大三島みんなのワイナリーの夢は広がる。ワインという真新しい『大三島ならでは』のものを、川田さんは地元の人たちとともに生み出す。
川田さんは、みかんシードルや柑橘のドライフルーツなど、ワインをベースに、大三島ならではの新しい商品も開発もしたいと語る。大三島ワインのストーリーはまだ始まったばかり。