Text|増田薫
Photography|宮畑周平(瀬戸内編集デザイン研究所)
花と緑に溢れる、『大三島みんなの家』の庭先。ラベンダー、ミント、フェンネル……。スタッフと地元住民が一緒にたくさんの苗を植えた。静かな参道を歩いてきて出会うこのかわいらしい光景に、はっとする。
愛媛県今治市大三島。国宝8点、重要文化財682点を所有し、中でも武具類の国宝および重要文化財指定品点数は日本一を誇るとされる(2017年現在)大山祇神社と、宮浦港とを結ぶ参道は、かつてはさまざまな露店が立ち並び全国から訪れた参拝客が行き交うとてもにぎやかな通りだったという。今はひっそりと静かなその参道を歩いていくと、庭先で季節の花々やハーブが揺れる、古い木造の建物が見えてくる。
建築家の伊東豊雄さんが展開する『日本一美しい島・大三島をつくろうプロジェクト』の一環として、『大三島みんなの家』がオープンしたのは2016年5月のことだ。大山祇神社参道にたたずむ元法務局をリノベーションし、地元の食材を生かした食事やスイーツ、ドリンクが楽しめるカフェ、そしてワインバルとして営業している。
取材に訪れたのはオープンからおおよそ1年半後の秋。リニューアルオープンに向けた準備が繰り広げられていた。作業していたのは、普段は東京の事務所で働き月1、2回大三島へ通う伊東建築塾の古川きくみさん、大三島みんなの家の現場に立ち続けている久保木祥子さん、そして2017年4月から新たにメンバーに加わった関戸沙里さんだ。古川さんも久保木さんも関戸さんも、とても笑顔が多かった。そしてその笑顔は充足していた。準備の合間に時間をいただき、大三島みんなの家のこれまで、そしてこれからについてお話をうかがった。
写真上から古川きくみさん、久保木祥子さん、関戸沙里さん。3人とも笑顔が優しい。忙しい作業の合間に、ゆっくりじっくりオープンにお話してくださった。
伊東建築塾による4冊の絵本。テーマは『移住』、『時間』、『港』、『参道』。制作に当たり大三島に暮らす人々へ、島での生活や島への思いについて聞き取り調査を実施した。
2013年、のちに大三島みんなの家をオープンすることになる伊東建築塾のメンバーは、大三島での活動を本格的に始めるにあたり、『移住』や『参道』などのテーマで4冊の絵本を編んで大三島の人たちに向けてプレゼンテーションを行った。
それぞれの作品中でイラストも描きおろした。もし自分たちが大三島に移住したらどんな暮らしがしたいのか…。街では経験できない、大三島ならでのライフスタイルを考え、描いた。
伊東建築塾の塾生たちが込めたのは、大三島のために何かしたいと言う押し付けではなく、まずは自分たちが大三島をどう感じているのか知ってもらいたいと言う素朴な気持ち。それに対し大三島の人たちは、「勝手なことをと否定するのでなく、私たちのことを考えてくれてありがとうと受け入れてくれた」と古川さんは振り返る。大三島みんなの家と大三島の人たちの、心の交流は、絵本から始まったのかもしれない。
リノベーションされた旧法務局の1階。エントランスの廊下は販売コーナーやパンフレットの展示スペースに。旧事務スペースに手づくりのキッチンカウンター、客席を設置しているが、建具や柱などはほぼそのまま活用。
これらの絵本に描かれているのが「参道がさびれてさみしい」という大三島の人たちの大山祇神社参道への思いだ。そして偶然、あるいは導かれるように活動の拠点となる場所として巡り合ったのがその参道沿いにある元法務局だった。地縁のない島で家や土地を借りるのは難しい。しかし、活動を通して知り合った人とのつながりで幸運にも借り入れ、リノベーションすることができた。
地元の高校生と一緒に作った家具には『三』の焼印が刻印される。島の若者の心には経験が刻まれ、家具は大三島みんなの家で活かされ続ける。
リノベーションには2年かかった。絵本づくりを通じて知り合った高校生、すでにIターンしていた移住の『先輩』、近所の電気屋さんなど地元の人たちも参加した。
「最初はこんにちはと普段の挨拶、次に何をやってるか聞かれて道具を借り、土壁の塗り方をやって見せてくれて……」、大三島の人たちと少しずつ打ち解けていく様子を、古川さんと久保木さんはそんなふうに語る。親しくなった電気屋さんは分かることは躊躇なく古川さんたちに伝え、地域の行事についても教えてくれた。
「でも大三島って島全体がそんな感じ」、古川さんの言葉だ。みんなが自然に助け合って暮らしている。そしてそれはお互いがお互いの、そして自分のできることを認め合うことに通じるのかもしれない。
そんな大三島の動きに対し、伊東さんは現場にできることは現場に任せるスタンス。アドバイスはあっても細かな指示はなかった。すなわち、認めて任せる。「このプロジェクトに関しては、大三島のあり方に伊東も影響を受けたのかもしれません」と古川さんは語った。